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手汗

改憲の議論

「改憲」か、「護憲」かという神学論争のような流れも、近年になってかなり様変わりしてきた。ただ制汗なんて全く気にしていないようなぐらい汗ダラダラの議員達がする議論の中身は、それまでと同じように第九条、すなわち安全保障の立場に偏っているところは変わらない。 

 

私自身の立場としては、「改憲」支持ではある。これには二つの理由があって、ひとつにはいかに優れた法でも、時代の変化に合わないもの、新たに付け加えるべきものはあって当然だからだ。憲法は経典や聖書、コーランではないのだから、「不磨の大典」としてこれに手を付けてはならないというものではあるまい。 

 

そしてもうひとつは、間もなく施行70年が過ぎようとするなかで、現行憲法では想定しない社会が確かに生まれていることである。暮らしのかたち、家族のあり方、マイノリティに対する姿勢など、解釈だけでは曖昧になってしまう問題が増えつつある。 

たとえば医療の発達と制度の拡充によって、日本は世界的な長寿国になった。命の重さ、尊さも、70年前とは大きく変わった。核家族化、共働きも当たり前のようになっている。家族の姿も多様になっている。育児、介護、心身に障がいがある人たちに対して、どういう社会であるべきなのか。「改憲」「護憲」を語る場合、そうした視点はやや置き去りにされているのではないだろうか。 

 

変わったといえば、戦争や紛争のかたちも同様である。かつてのように、近隣諸国に攻め入って富の収奪を行うことは合理的ではない。富を得るためには戦争で荒廃した土地の復興、インフラの整備、新たな産業の振興などが不可欠になるが、とてもじゃないけどソロバンに合わない。 

ロシアや中国が攻めてくるかもしれないから、緩衝地帯を作るというのも時代錯誤である。安全保障に関する議論も無意味とは言わないけれど、やはり時代に即した前提で語らなければならない。 

 

 

あと素朴な疑問なのだけれど、憲法が改正されるとして、それは全面改訂のようになるのだろうか。そうだとすれば、国民投票はどういったかたちになるのだろう。人によっては、ある条文は賛成でも違う条文は反対ということもあるかもしれない。その賛否を一括して行うのだとすれば、何とも乱暴なもののように思われるのだけれど。 

あるいはそうじゃなくて、一条ごとに賛否を問うのだろうか。これまた大変な労力を伴うと思うのだけれど、ご存知の方は教えてください。 


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